京都工芸繊維大学主催、「建築家グンナール・アスプルンド展シンポジウム」
デビューから晩年まで、同じ墓地の建築にかかわったスウェーデンの建築家・アスプルンド。晩年に完成させた「森の墓地」(1915年~1940年)は、1994年にユネスコの世界遺産に登録されました。この北欧モダン建築の巨匠に光を当てるシンポジウムが、10月14日、京都工芸繊維大学1号館講義室で開催された。写真家、建築史家、建築家が、アスプルンド像と作品の魅力を紹介しました。同大学美術工芸資料館では、その建築写真、模型などを展示。「生と死」という特異なテーマを追求した建築家の足跡の何を今に生かすのかを考えています。 緑の丘に石畳の道が伸びる。左手の低い白塀の奥は火葬場。右手は1本の十字架。道は青空に接する水平線の森に消える。京郁工芸繊維大学美術工芸資料館に展示された「森の墓地」(ストックホルム市)の写真パネルである。写真家の吉村行雄氏はこの1枚で、建築家がつかんだ生死の境界線を写しとったのではないでしょうか?その風景はスウェーデン人が抱く「人は森から来て、森へと帰る。」という重いにも重なります。
「アスプルンドの建築は、暗く重いわけではない。むしろ訪れるものの気持ちに寄り添って、癒す」そんな印象を受けます。森の礼拝堂では、緩やかに傾斜する花崗岩の床と天井、祭壇画の効果で、参列者の意識が自然と祭壇のひつぎに集まる。天井を支える円柱とカーブする梁は柔らかな雰囲気を演出します。また、礼拝堂待合室のベンチは上から見て『く』の字で、悲しむ遺族が身を寄せ合って座るデザインとなっています。
一方、スネルマン邸(1918年)の設計者ではウイットにとんだ遊び心を示して見せる。「2階廊下は実際より長く見え、奥に行くにつれて天井の幅を狭くした視覚トリック」とのことです。建築史家で建築家の川島洋一氏はアスプルンドのデビュー作、「森の礼拝堂」(1920年)前の門のレリーフの意味を語る。「ラテン語で『今日はあなた、明日は私』と記されている。人は死を避けられないことを自覚せよということだ。1920年、35歳のアスプルンドは1歳の息子を失いました。この経験が。彼を生涯『生と死』のテーマに向かわせたのではと推測できます。晩年、『森の火葬場』(1940年)入口の記念柱に刻んだ文字は、『今は私,明Hはあなた』。死期の辿った彼が辿りついた境地だろう」。
激務のための過労が元で55歳の若さで他界したアスプルンド。しかし、つかの間の平安はあった。1937年、ストックホルム郊外、無人の沿岸の丘に別荘、「夏の家」を建てて家族とくつろいだ。そこに3日間宿泊した建築家・桐原武志氏(AALab顧問)は、生活者としてのアスプルンドを垣間見る。「家屋は煙突のあるスウェーデンの民家をアレンジ。白壁の丸い暖炉のあるリビングはとても心地良いものです。南の窓は美しい沿岸を『借景』としました。離れの道具小屋には、斧や大工工具など本格的な生活用具が並びます。この地でまきを割り、火を起こす生活をしていたとのことです。彼も、自然の中で暮らす術を持つスウェーデン人だったのです。」司会の松隈洋氏(京邪工芸繊維大学助教授)は、「アスプルンドの建築は、人間の情緒や心理に根ざし、人と環境のかかわりを大事にしている。彼の建築が見直される時代がきたのではないでしょうか」と問いかけます。まるでドキュメンタリー映画を一本干渉したような、充実した内容でした。